この世にいくつ変わらないものがあるのかは知らないが、少なくとも闇夜に浮かぶこの天体だけは、俺が生まれてから変わったことはないはずだ。

「そんなこと考えるなんて、珍しいヒトだね。ツクヨミは。」

 

「かってにしゃべるなよ、機械のクセに。」

 

俺はムダだと知りつつ、さっぷうけいな窓わくに置かれた白い羊をニラみつけた。

―――エレクトリック・シープ、通称電気羊。一世代前のペットロボットだ。

名前はネジ。変な名前だとは思ったが、俺には変えられない。ネジは亡き俺の姉から譲りうけたものだからだ。

もっとも姉といっても顔を合わせたことはない。何十歳も年が離れていたし、『姉弟』という関係自体、同じ遺伝子の組み合わせから作られた、という希薄なものでしかない。

そもそも、試験管の中で創られた存在に肉親など在るのだろうか?

「ツクヨミは、月が好き?」

「黙れ、ヒツジ。」

「『ヒツジ』じゃないよ。ツクヨミは、月が好き?」

「・・・だまれ、ネジ。月は好きでも嫌いでもない。

 そもそもそんな感情が入り込む余地もない。『月』は『月』だ。」

「じゃあなんでいつも月を見てるの?」

「それ以外見るものがないからだ。」

「コロニーの中は?」

「死んだ魚みたいな目ぇした奴らが嫌でも視界に入るだろ。」

「雪は?」

「一面真っ白で気味が悪い。」

「――――ユキは、雪をキレイだって言ってたよ。」

 

それっきり黙ってしまったネジに少し罪の意識を感じてしまい、俺はあらためて外を見た。

曲線だけで構成された冷たい世界。汚れなき純白。

でも、俺はその白を生命をおびやかすモノだと教えられて育ったのだ。

 

黒いネジの瞳が、とても淋しげに見えた。

「―――おい、ネジ。何とか言えよ。」

何を焦っているのだろう、俺は。

 

ネジはただの機械なのに。月が日の光を反射するように、内部の人工知能が俺の反応に電気信号を返してくる。そう、それだけの―――・・・

 

 

「ツクヨミは、月が好き?」

 

高い声で発された言葉。

それに、俺はなぜか

 

「キライじゃ、ない。」

と答えていた。

 

「ツクヨミは月が好きなんだね!」

少しはずんだ声。

「誰がそんなこと言った!?ついに言語機能も崩壊しやがったか、このポンコツ・・・。」

 

「でも、雪も好きになってくれると嬉しいな。」

 

「・・・ああ。」

 

何故姉がネジを俺にくれたのか、少し分かったような気がした。

 

 

淡い月光に照らされた白い世界は、まあそれなりにキレイかもしれない、と思った。

 

 

 

END