「“琴詩酒の友皆我をなばうつ雪月花の時にもっとも君を憶ふ”――――?
雪と月は知ってるんだけどなあ・・・ネジ、ネジは知ってるかい?」
独り言のような僕の呟きに、子供のような声が返ってくる。
「“花”のこと?もちろん知ってる!
赤くて青くて黄色で白で、イイ匂いがして柔らかくて、とてもキレイだけどすぐ枯れちゃう。そんなヤツ。」
「赤くて青くて黄色で白で?うぅ〜ん、想像できないなあ・・・。」
「紫も桃も橙もあるよ。」
「・・・ますますよく分からない。」
眉間にしわをよせる僕に、山となった本の頂上に座した白い羊はクスクスと笑った。
「ハルはすごい物識りなのにね。『和漢朗詠集』なんてドコにあったの?」
むしろペットロボットの口から『和漢朗詠集』なんて出てくる方が驚きだ。
「本棚の一番下の一番奥。知らない言葉ばかり出てきて、よく分からないや。
ネジのほうがよっぽど物識りじゃないか。」
「いろいろ教えてもらったからね。」
そう言ってネジは窓の方を向いた。つぶらな黒い瞳が、何かを懐かしむように細められる。
きっと、僕の兄弟のことを思い出しているのだろう。その仕草は、とても電気羊――機械
とは思えないほど優しさと、そして少しの寂しさに満ちていた。
「―――僕の兄弟はどんな人だった?」
「ユキは、優しい人だったよ。雪が好きだといっていた。
ツクヨミは照れ屋な人だったよ。ツクヨミは月が好きだった。
―――きっと、ハルも花を好きになる。」
そう言って、ネジは笑った。
「いつか僕も“花”を見れるかな?」
「ネジがみせてあげるよ。夢の中でね。
それに、きっとハルが起きるころには外にもいっぱい咲いてる。
だから、早く荷物の整理しちゃいなよ。
寝起きに部屋の掃除なんてしたくないでしょ?」
「う゛。それもそうだね。・・・本に夢中で忘れてたよ。」
「ハルの悪い癖だね。」
再びネジはクスクス笑った。
――――僕は、僕たちは、これから長い眠りにつくのだ。
白い雪と氷と月光の世界の中、銀灰色の建物の中、味気ない金属の箱の中で。
冷凍睡眠。
「外で寝とけば勝手に凍るんじゃない?」
そう言ったら、またネジに笑われた。
「おやすみ、ネジ。」
「おやすみ、ハル。」
僕はネジを胸に抱えて、箱の中に横たわった。
きっと僕は、赤と青と黄色と白で、紫と桃と橙の、鮮やかな“花”の夢を見るのだろう。
そして、起きればそれは現実になっているはずだ。
ネジの見せてくれる世界はいつもとても綺麗だ。
そして、目覚めの世界―――それもとてもとても綺麗なものに違いない。
後書き
確か厨房の時に書いたはず。懐かしいなぁ(苦笑)最初に雪だけ書いて、なんとなく気に入ったので三部作に。絵本とか童話系のほのぼのさを目指したはず。
H・Nを決める遥か以前の代物なので、間違っても作中の電気羊と私はまったく関係ないです。似ても似つかないです。
まあ今の名前は小説・“アンドロイドは電気羊の〜”から取ったんですけどね(苦笑)お話を書こうとして、ほぼ初めて書いた思い出深い作品。