知りたくもあったし欲しくもあった。
何かを共有することがそれを所有することに繋がるのなら、彼は真実私のものではなかったし、もちろん私も彼のものではなかった。
過去。感情。痛み。
きっと必要なのはその三つ。私はたぶん誰よりも彼の傍近くにいた。
時に彼は私に向かって語りかけ、あるいはその眼差しに心の奥底の揺らぎを映し、私を見つめたものだけれど。
私はたぶん誰よりも彼の傍近くにいた。それでも、私は何一つ彼と分かち合うことはできなかった。
―――・・気まぐれに語られる幸せで淡々とした過去は、私には想像もつかない遠い異国の事。ほおばって珍しく顔を綻ばせた菓子の名を、例え知っても私はそれを味わうことはできない。
そして、痛みなどもってのほか。
なぜなら私は今まで一度も傷ついたことなどないのだから。
放たれる重い打撃も疾風の如き斬撃も、全てこの身を砕くことは叶わず。ただこの身はその全てを切り裂くだけ。
きっとただ一つ確かなこと、それは。
私は、彼と随分と長い刻を、共にを戦い続けてきたということ――――
常にこの身のうちに燻ぶる紅い記憶。暗雲の下でも晴天の下でもその赤い液体の生ぬるさは同じ。浴びるそれは彼の人の敵の血であったり、非常に不本意ながら彼自身の血であったりしたが。
私が斬り彼が血を浴びる瞬間。
そんな時いつも、微かに沸きあがる歓喜と希望。
そう、私たちが唯一共有できるかもしれないとしたら、それは鮮血の瞬間ただその刹那。
・・・けれど、最初に彼が私のものではないと言ったように、それさえも私たちはきっと永遠に共有することはできないのだ。
私は血に濡れて恍惚とする。
彼は血を浴びて眉をよせる。
その、差。
彼が殺戮の一時に酔ってしまえば良いのにと思う。私は戦乱のためだけに在るもので、彼は平和を創るために在るもので。嗚呼、その絶対的な存在の差異よ。絶望的な事実よ。
せめて、彼が死ぬ前に私が壊れれば良い。まどろみの中でふと思う。
別離の末の終末はひどく寂しい。彼がいなくなるのはとても淋しい。彼を護って、最後に壊れられれば良い。嗚呼なんと傲慢な望みであるか。それでも捨てられるのは嫌だから。
鞘の中で視る夢はいつも甘く冷たい。返り血の、一時の生ぬるささえ羨ましいほどに。
夢の続きに独白する。彼の指を暖めることすらできない冷えた鋼の身で、明らかに彼の望まぬモノのために存在する私は一体何であるか。
何者をも切り裂く刃。優美なフォルムはただ肉を斬る効率性を突き詰めた末に現れたもの。赤い柄に血に濡れ輝く紅の宝玉。人は私を魔剣と呼んだ。使い手を狂気へ走らせる禍々しき剣と。
・・・そう、いっそ彼が今までの人間のように、殺戮に溺れてしまう人間であればよかった。そうしたら私はきっとこんなに淋しくなかった。涙の代わりに紅い雫がポツリと刀身を伝った。
必要なもの。
過去。感情。痛み。
過去もなく痛みを与えるだけの存在である私はたった一つ、伝えることもできない感情を秘めまた今日も彼の敵を斬る。
『 紅い剣の嘆き 』
タイトルは一応ドイツ語なのですが、ものすごく自信がないです(汗)もし綴りなど間違っておりましたら、どうぞご一報を。