〜諧謔編〜

 

 

白い指が白と黒の狭間を彷徨う。

 

ふわり、野の花でも愛でるように黒白(コクビャク)の上に細い指が降り立ち、そして次の瞬間しなやかで強靭な鋼を思わせる勢いで彼女の指が黒白を叩きのめした。

 

凄まじい勢いで黒白の上を踊る指。乱れなく乱れ狂うという矛盾。

乱舞から生み出される音律。彼女が鍵盤を弾く力強さよりも数倍激しく鼓膜を打ち、それよりもさらに数倍激しく胸を打つ。

 

 

『わたしは鍵をもっている。

 

わたしは鍵を操れる。

 

黒い鍵と、白い鍵。』

 

 

確か彼女はそう言っていた。

漆塗りのように艶めく鍵盤楽器には、彼女のための、彼女のためだけの鍵が幾つも埋め込まれている。

鍵盤。黒鍵。白鍵。

 

鍵。彼女はそれを使って、幽玄の彼方から何かを音として取り出すのだろう。そうでなければ、この音の説明がつかない。

こんな、胸を掻き乱されるような音。

胸から噴出し留まる激情と感嘆をせめてもと熱い吐息に混ぜて吐き出し、僕は喘ぎながら、やはり自然に零れ出てしまった己の胸のうちを呟いた。

 

 

 

 































 

 

 

「―――――“猫ふんじゃった”をここまで悲壮に弾く人、初めて見た・・・」

 

 

彼女は、天才だ。ちょっと微妙な意味合いで。

 

激しく確信し、常人にはたどり着けない向こう岸にたどり着いてしまった彼女の薄い背を眺めながら、僕は溢れ出る涙のその妙な塩辛さに咽んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん変人で有名な婚約者とかそんな感じ()