やわらかくあたたかい場所でひたすら目覚めることを恐れていた。

視界は霞。闇の中で白に灰に渦巻くそれを見る。手を伸ばすこともない。伸ばす意思もない。

ふと、霞がはれてきた。気だるく伸ばされたままの四肢の存在を微かに知覚する。同時に、やさしく身体を包むぬくもりの、その外側の冷気さえ感じて、ひどい不快感を覚える。

 

指先がぴくりと動いて、急激に脳にあるイメージが流れ込んできた。

冷気に満ちた世界。やわらかな殻。それにつつまれた自分。

自分、という存在を思い出したとき、思考はさらに加速する。

 

卵の中の自分。孵化のイメージ。孵化は腐化にすりかわり、冷気に凍え腐り落ちる化け物のような何かの胎児―――自分が映し出される。本能でのみ恐れていた漠然とした恐怖が、妄想じみたイメージへ、イメージから手を握り締める痛みに具体化する。

 

視界の霞は流れ去って、見えるのは光を遮られてつくられた闇だけになった。

生暖かくよどんだ殻の中の呼吸に、無意識にあえぐ。それを振り切ろうと、ちぢこませようとした指先が、やわらかい殻の一角を押し広げ―――――

 

「っ・・・!」

 

早朝の冷気と光明が差し込む。恐れていたのは孵化。恐れていたのは目覚め。自分独りしか存在しなかった生暖かい楽園から、他者の存在する冷たい世界へ。

 

体の中を氷らせる様な、しかし澄んだ空気を吸い込んで、おもむろに羽毛と毛布をはいだ。

おぼろなくせにやけに眩しい朝日に目を細めながら、諦念からも眼をそらせ。

 

「こんな柔らかい殻では、どうせ自分(なかみ)は守れなかったさ。」

 

負け惜しみのように呟いた

 

011:柔らかい殻